ワクチンの「デマ」に対抗?
「広がる不安にMeiji Seikaファルマ社長が答えた」
https://news.yahoo.co.jp/articles/6cc51e6b1a8f32fa0462a86849d64eac582ea320
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「レプリコンワクチンのデマには徹底的に対抗する」、広がる不安にMeiji Seikaファルマ社長が答えた
11/26(火) 5:51配信
東洋経済オンライン
』
より
――不安を感じている人に対して、寄り添ったコミュニケーションも必要ではないですか?
いや、ワクチンを打つべきだとちゃんと伝える必要がある。「打つ、打たないは本人の自由です」だと、リスクを超えて打つ人は誰もいなくなる。「打つべきです、ただ、一定の率で重い副反応はありますよ」として、その後はご自身で考えてもらう。
ここなんですよ。オレがおかしいと思うのは。
「一定の率で重い副反応」があるものを、
どうして「打つべきだ」と言えるのか?
医薬品の副作用で亡くなる人も毎年一定数いる。だからといって「医薬品は必要ない」という声は出ない。医薬品は、亡くなる可能性があった人を救っているからだ。
と言うが、嘘だろう。
たとえ「亡くなる可能性があった人を救っている」
というのが本当だったとしても、だから
「打つべきだ」とはならないはず。
この社長自身が言っているではないか、
日本人はどうしても「100%の安全」を求めたいのかもしれない。だが基本的に、医療は一定のリスクを伴う。コスタイベがまるっきり安全だというつもりはまったくない。
残念ながら、重篤な副反応が起きる確率もまれにあるのは事実。いくら確率が低いといっても、起きた本人にとっては大変なことだ。
と。
それなのにどうして
「打つべきだ」
と言えるんだい?
救われる誰かのために、お前は犠牲になれと言っているに等しい。
そして、救われる誰かのためというのもまたウソ。
本当の理由は製薬会社の金儲け以外にはない。
そしてその製薬会社が何が正しいかを決めるという思い上がり。
接種者や医療介入を受ける人たちに「大変ですね、不安もわかります」というのは寄り添うことではない。インフォームドコンセント(説明と同意)という言葉があるように、選択肢をエビデンス(科学的根拠)に基づいたデータとともに示し、本人が理解できるように説明することこそが、寄り添うことだと考える。
それで寄り添うことのなるのは
医療介入を受ける人たちではなく
銭を儲ける製薬会社に対してだろう。
mRNAワクチンやレプリコンワクチンの将来性については大きな期待を持っている。われわれの医薬品開発の意欲は、批判があっても揺るがない。
この人たちはこのワクチンで一儲けしようと思っているだけなのです。
みなさん、騙されないでください。
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